最新 / RSS hohiのPali語学習・作業記録

2015-06 / 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30

最近 7 日分 / 今月の一覧

慈悲(Metta)の実践

[Access To Insight]

Access to Insight Library にある Ñanamoli Thera によ る"The Practice of Loving-Kindness (Metta): As Taught by the Buddha in the Pali Canon", compiled and translated by Ñanamoli Thera. Access to Insight (Legacy Edition), 30 November 2013, http://www.accesstoinsight.org/lib/authors/nanamoli/wheel007.html を訳してみたものです。

実際に訳してみて、分かり難いところもありました。勘違いや間違いがあるかも知れません。お知らせ頂けると幸いです。


目次

はじめに   

love「愛」という語 — 英語の中で最も引き込まれる語の一つ—は通常とても広く、大まかで、深遠な意味で使われているため、時にほとんど無意味になっています。 それでも、正しく理解されるならば、愛は平和で進歩的で健康な社会の構築だけでなく、個人の成長と清浄のために不可欠で大事な基礎です。

さて、愛というものは主要な二つの気持ちを考えることができます: 恋人が互いに抱くもの、そして、母親が子に抱くものです。 精神論的な流儀では、愛は一方あるいは他方から刺激を引き出すことができるものです。 恋人達の互いへの愛を理想とするような愛は、しばしば激しい激情と見なされ、時に苦痛や受難などを通じた純粋さを要求します。 しかし、子への母親の愛を指標とする愛は、全ての安全、幸福、精神的な健康(自分の健康を守るように母親は子に最善を尽くします)の純粋な理想的な源泉までに、それ自身を高めることができます。 ブッダが普遍的な愛(訳注:慈悲)の教えの基礎としているのは、この後者の種類の類です。

ギリシャ語では感覚的(訳注: 性的)なエロスと精神的な愛(訳注: 神の愛)の二つを区別しているのに対して、英語は"love"「愛」の一つの語だけを用います。 パーリ語では、サンスクリット語のように、多くのニュアンスの意味を包含する単語が沢山あります。 この教えに対してブッダがお選びになった言葉は、mitta 友(より正確には「真の友」)という語から、mettaです。

ブッダの教えのmettaは、他の生命との健全・平和な関係を育てるための四つの瞑想の最初に挙げられています。 その四つとは、metta(訳注: 慈)今後は「慈しみ」と解します、karuṇā(訳注: 悲) これは「憐れみ」「同情」、muditā (訳注: 喜)これは「他者の成就を喜ぶこと」、そしてupekkhā (訳注: 捨) これは「落ち着いて観ること」です。 この四つは神の境地に留まること(brahmavihāra 訳注: 梵住)と呼ばれます。多分、これらの一つでも瞬間に維持できるのであれば誰でも、その時は最高の神(brahmā 梵天)が留まっているような状態にいるからでしょう。

続きを読む

Satipaṭṭhāna Vipassanā

[マハーシ長老][Access To Insight][瞑想]

Access to Insight Library にあるMahasi Sayadaw によ る"Satipatthana Vipassana"を訳してみたものです。

実際に訳してみて、分かり難いところもありました。勘違いや間違いがあるかも知れません。お知らせ頂けると幸いです。


目次

翻訳者のまえがき

ウ・ヌ首相とBuddha Sasananuggaha Association会長 Thado Thiri Thudhamma ウ・テュウィン卿らのじきじきの要請で、マハーシ・セヤドー— 尊師ソーバナ大長老— は 1949年11月10日にラングーンのシュウェボにいらっしゃいました。 ラングーンHermitage Road(修道通り)Thathana Yeikthaの瞑想センターは1949年12月4日に正式にオープンし、その時マハーシ・セヤドーは15人の信者に正しいSatipaṭṭhāna Vipassanā(サティパッターナ・ヴィパッサナー) 体系の修行法を教え始められました。

センターがオープンした最初の日から、Satipaṭṭhāna Vipassanā(サティパッターナ・ヴィパッサナー)の解説の法話、その目的、実践方法、その恩恵などが、徹底的なトレーニングのコースを受けに毎日のように絶えずセンターにやってくる信者の一群ごとに教授されました。 法話は通常1時間半続き、このような法話をほぼ毎日行うことはセヤドーをお疲れさせていました。 幸いなことに、状況を改善するためにテープ・レコーダーを寄贈することをBuddha Sasananuggaha Associationが申し出てくれて、トレーニングを受けにきた15人の信者に向けてなされた1951年7月27日の法話が録音されました。 その後は、この録音された法話が日々定常的に用いられ、その前にマハーシ・セヤドーによっていくつかの予備的な注意がなされるようになりました。

続きを読む

嫉妬しないこと、他人の美徳を喜ぶこと〜スマナサーラ長老法話メモ(2011年12月18日 オリンピック記念青少年総合センター)

[スマナサーラ長老][法話メモ]

〜muditāの実践からはじまる幸福論〜

目次

役に合わせた衣装替  

  • 一人でいると嫉妬があるか分からない:発病しないと治療もできない
  • 嫉妬があることを発見することも大事な事
    • 真面目に生きている人(修行者)が自分の心に嫉妬が無いと思ってしまう
    • テストしないと(嫉妬があるか)分からない
  • 嫉妬(issā)は精神の衣装替
  • 基本的に生命は貪瞋痴の衝動で生きている
  • その中で怒りは多数の顔を持つ:貪瞋痴の変装に気を付けないと発見できない
  • 主には、怒り dosa,嫉妬 issā,物惜しみ macchariya,後悔 kukkuccha
  • その場の状況にあわせて怒りは衣装替をする:王様の衣装に騙されないで、化けていることを見るべき

反抗的態度は共通  

  • 「自分」に状況・環境・人々が受けれ難い・合わない・気に入らない:その時の反応は「怒り」
  • 「自分」より他人が優れていると感じた時の反抗的態度は「嫉妬」
  • 「自分」が優位な立場で他にその能力・財産などが必要になる時に「物惜しみ」で反抗する
  • 「自分」の失敗に「後悔」で反抗する

続きを読む

慢との付き合い方 — なかなか消えない高慢・卑下慢・同等慢 〜スマナサーラ長老法話メモ(2011年7月23日 オリンピック記念青少年総合センター)

[スマナサーラ長老][法話メモ]

〜なかなか消えない高慢・卑下慢・同等慢〜

目次

「慢」—言葉の意味  

  • パーリ語でmāna
  • ∼「測る・計る・量る」√ manの語幹から「常に測ってみる性格」を表す単語でしょう
  • 考える mañāatiの語幹も√ man:→ 妄想する・思い込むという意味で慢かも知れない
    • しかし、māneti(manのcaus.)という動詞の意味は「慢を張る」ではなくて「尊敬する」
  • 測るの動詞はmināti
  • 間違いを犯した出家・見習い出家の戒めの行はmānatta (see Buddhist Monastic Code II Chapter 19 Penance & Probation by Thanissaro Bhikkhu)

続きを読む

Paticca-samuppādo — Anulomaṃ(因縁の教え—順観)

[日常読誦経典]

Paticca-samuppādo — Anulomaṃ(因縁の教え—順観)

パーリ語

Avijjā-paccayā saṅkhārā, saṅkhāra-paccayā viññāṇaṃ, viññāṇa-paccayā nāma-rūpaṃ, nāma-rūpa-paccayā saḷāyatanaṃ, saḷāyatana-paccayā phasso, phassa-paccayā vedanā, vedanā-paccayā taṇhā, taṇhā-paccayā upādānaṃ, upādāna-paccayā bhavo, bhava-paccayā jāti, jāti-paccayā jarā-maraṇaṃ soka-parideva-dukkha-domanassupāyāsā sambhavanti: evametassa kevalassa dukkhakkhandhassa samudayo hotī’ti.

Avijjā-paccayā saṅkhārā, saṅkhāra-paccayā viññāṇaṃ, viññāṇa-paccayā nāma-rūpaṃ, nāma-rūpa-paccayā saḷāyatanaṃ, saḷāyatana-paccayā phasso, phassa-paccayā vedanā, vedanā-paccayā taṇhā, taṇhā-paccayā upādānaṃ, upādāna-paccayā bhavo, bhava-paccayā jāti, jāti-paccayā jarā-maraṇaṃ soka-parideva-dukkha-domanassupāyāsā sambhavanti: evametassa kevalassa dukkhakkhandhassa samudayo hotī’ti
avijjā-paccayā: avijjā(f.)「無明」+ paccaya (m. abl.) 「縁」 →「無明に縁って」
saṅkhārā:saṅkhāra (m. pl. nom.?)「行」 →「行が(ある・生じる)」
saṅkhāra-paccayā:saṅkhāra-paccayā →「識に縁って」
viññāṇaṃ:viññāṇa (n. nom.)「識」 →「識が(ある・生じる)」
viññāṇa-paccayā:viññāṇa-paccayā →「識に縁って」
nāma-rūpaṃ:nāma 「名」 rūpa (n. nom.)「色」→「名色が(ある・生じる)」
nāma-rūpa-paccayā:nāma-rūpa-paccayā →「名色に縁って」
saḷāyatanaṃ:saḷāyatana (n. nom.)「六処」 →「六処が(ある・生じる)」
saḷāyatana-paccayā:saḷāyatana-paccayā →「六処に縁って」
phasso:phassa (m. nom.)「触」 →「触が(ある・生じる)」
phassa-paccayā:phassa-paccayā →「触に縁って」
vedanā: vedanā(f. nom.)「受」 pain; sensation.→「受が(ある・生じる)」
vedanā-paccayā:vedanā-paccayā →「受に縁って」
taṇhā:(f. nom.) 「渇愛」 craving; thirst; lust; attachment.→「渇愛が(ある・生じる)」
taṇhā-paccayā:taṇhā-paccayā →「渇愛に縁って」
upādānaṃ:upādān (n. nom.)「取・執着」 →「取(執着)が(ある・生じる)」
upādāna-paccayā:upādāna-paccayā →「取(執着)に縁って」
bhavo:bhava (m. nom.)「有・存在」 →「有(存在)が(ある・生じる)」
bhava-paccayā:bhava-paccayā →「有(存在)に縁って」
jāti:(f. nom.)「生・誕生」 birth; rebirth; race; nation; genealogy; asort of; a kind of.→「生が(ある・生じる)」
jāti-paccayā:jāti-paccayā →「生に縁って」
jarā-maraṇaṃ:jarā(f.)「老」-maraṇa (n. nom.)「死」 →「老い・死が」
soka-parideva-dukkha-domanassupāyāsā:soka (m.)「憂い」 parideva (m.)「悲しみ」dukkha (n.)「苦しみ」 domanassa (n.)「憂い悩み」+ upāyāsa (m. pl. nom.)「悩み・絶望」→
sambhavanti::sambhavati 「生じる・発生する」(pres. pl. 3rd)→「生じる」
evametassa:evaṃ「かく(の如く)・このように」+ (e) tassa (so, taṃ: sg. dat. gen.) →
kevalassa:kevala (a.)「独一の、全部の、完全の」 →「完全なる」
dukkhakkhandhassa:dukkha 「苦」+(k)khandha (m. gen. dat.)「蘊」→「苦蘊の」
samudayo:samudaya (m. nom.)「集・集起・生起・原因」 →
hotī'ti:hoti + iti →

続きを読む

騙されない生き方 — 嘘に踊らされず、疑心暗鬼にもならない方法 〜スマナサーラ長老法話メモ(2011年4月23日 オリンピック記念青少年総合センター)

[スマナサーラ長老][法話メモ]

〜嘘に踊らされず、疑心暗鬼にもならない方法〜

目次

騙されたくはない?  

  • 当然な気持ちのようです
  • しかし、あなたは他人を騙していないですか?
  • 人とは他人を騙すプロなのです
  • 動物さえも他を騙すことにチャレンジする
  • カモフラージュ:身を守るため← 悪いこととは言いづらい
  • もし、他人が騙すことしかしないならば、『私は騙されていない、気を付けている』とは言えないはず
  • 「平和」「協調」←騙す方と騙される方とが合えば成り立つ:上手く行けば「平和」と言う
  • 皆(どの生命も)、騙されている

なぜ他人を騙す?  

続きを読む

2015 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2014 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2013 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2012 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2011 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2010 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2008 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2007 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12

最終更新時間: 2015-06-29 12:47