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[マッジマ・ニカーヤ][象跡喩大経]

2010-04-24

目次


日本語訳

1068友よ、外側の風の要素が怒る時があります。それは、村をも運びます、町をも運びます、城をも運びます、地方をも運びます、国土をも運びます。友よ、夏の最後の月に、(人々が)多羅の葉の扇によっても、火をおこす扇によっても、風を求める時があり、葺屋根の上の藁も揺れない時があります。友よ、実に、その外の風の要素の、それ程、老大なるものの無常であることが知られることでしょう、滅尽する性質であることが知られることでしょう、衰滅する性質であることが知られることでしょう、変わっていく性質であることが知られるでしょう。また、このほんの暫くの間在るだけの身体に渇愛・執着された「私、私のもの、私がいる」とは何でしょうか。実に、そのようなものはありません。

パーリ語

(15/21)

1068 Hoti kho so, āvuso, samayo yaṃ bāhirā vāyodhātu pakuppati. Sā gāmampi vahati, nigamampi vahati, nagarampi vahati, janapadampi vahati, janapadapadesampi vahati. Hoti kho so, āvuso, samayo yaṃ gimhānaṃ pacchime māse tālavaṇṭenapi vidhūpanenapi vātaṃ pariyesanti, ossavanepi tiṇāni na icchanti. Tassā hi nāma, āvuso, bāhirāya vāyodhātuyā tāva mahallikāya aniccatā paññāyissati, khayadhammatā paññāyissati, vayadhammatā paññāyissati, vipariṇāmadhammatā paññāyissati. Kiṃ panimassa mattaṭṭhakassa kāyassa taṇhupādinnassa ‘ahanti vā mamanti vā asmī’ti vā? Atha khvāssa notevettha hoti.

Hoti kho so, āvuso, samayo yaṃ bāhirā vāyodhātu pakuppati

友よ、外側の風の要素が怒る時があります。

Sā gāmampi vahati, nigamampi vahati, nagarampi vahati, janapadampi vahati, janapadapadesampi vahati

それは、村をも運びます、町をも運びます、城をも運びます、地方をも運びます、国土をも運びます。

Hoti kho so, āvuso, samayo yaṃ gimhānaṃ pacchime māse tālavaṇṭenapividhūpanenapi vātaṃ pariyesanti, ossavanepi tiṇāni na icchanti

gimhānaṃ:gimha 「夏・夏季」(pl. gen.) →「夏の」
pacchime:pacchima (a. loc.)「後の・最後の・西方の」 →
māse:māsa 「月」(m. loc.) →「月に」
tālavaṇṭenapi:tāla (m.)「多羅」+ vaṇṭa (n. instr.)「茎(扇)」+ pi →
vidhūpanenapi:vidhūpana (n. instr.)「扇ぐこと」+ pi →
vātaṃ:vāta (m..)「風」 →
pariyesanti:pariyesati (pl. 3rd.)「欲求する」 →
ossavanepi:ossavana (n. loc.)「流出・流水」+pi →
tiṇāni:tiṇa (n.)「草」 →
icchanti:icchati (pl. 3rd.)「求める・欲求する」→

友よ、夏の最後の月に、(人々が)多羅の葉の扇によっても、火をおこす扇によっても、風を求める時があり、葺屋根の上の藁も揺れない時があります。

Tassā hi nāma, āvuso, bāhirāya vāyodhātuyā tāva mahallikāya aniccatā paññāyissati, khayadhammatā paññāyissati, vayadhammatā paññāyissati, vipariṇāmadhammatā paññāyissati

友よ、実に、その外の風の要素の、それ程、老大なるものの無常であることが知られることでしょう、滅尽する性質であることが知ら れることでしょう、衰滅する性質であることが知られることでしょう、変わっていく性質であることが知られるでしょう。

Kiṃ panimassa mattaṭṭhakassa kāyassa taṇhupādinnassa ‘ahanti vā mamanti vā asmī’ti vā? Atha khvāssa notevettha hoti

また、このほんの暫くの間在るだけの身体に渇愛・執着された「私、私のもの、私がいる」とは何でしょうか。実に、そのようなものはありません。


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初出: Sat April 24 2010 16:44 (+0900)


パーリ語はe-Tipiṭaka Quotation (World Tipiṭaka Edition 2005)のパーリ経典を元にしています