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[マッジマ・ニカーヤ][象跡喩大経]

2010-02-28

目次


日本語訳

304.

1065友よ、何が火の要素でしょうか?火の要素は内側のものであり得ます、外側のものであり得ます。友よ、何が内側の火の要素でしょうか?内側にあり、各々にあり、水、水の状態のもの、執着されたところものです、それはこのようにです — yena caそれによって熱せられるもの、またそれによって熟成されるもの、それによって焼かれるもの、それによって食べ物・飲み物・食べられる・味あわれるものが完全に消化されるものであり、火、火の状態のもの、執着されたところものです—友よ、これが、内の火の要素と言われます。また内側の火の要素であるところのもの、外側の火の要素であるところのもの、それこそが火の要素です。「それは私のものではありません、これが私ではありません、これが私の自我ではありません」と、このようにこれを如実に正しい智慧でもって見られるべきです。このように、これを如実に正しい智慧によって見て、火の要素から厭離します、火の要素から心を離貪させます。

パーリ語

(12/21)

304.

1065 Katamā cāvuso, tejodhātu? Tejodhātu siyā ajjhattikā, siyā bāhirā. Katamā cāvuso, ajjhattikā tejodhātu? Yaṃ ajjhattaṃ paccattaṃ tejo tejogataṃ upādinnaṃ, seyyathidaṃ—yena ca santappati, yena ca jīrīyati, yena ca pariḍayhati, yena ca asitapītakhāyitasāyitaṃ sammā pariṇāmaṃ gacchati, yaṃ vā panaññampi kiñci ajjhattaṃ paccattaṃ tejo tejogataṃ upādinnaṃ—ayaṃ vuccatāvuso, ajjhattikā tejodhātu. Yā ceva kho pana ajjhattikā tejodhātu yā ca bāhirā tejodhātu, tejodhāturevesā. ‘Taṃ netaṃ mama, nesohamasmi, na meso attā’ti evametaṃ yathābhūtaṃ sammappaññāya daṭṭhabbaṃ. Evametaṃ yathābhūtaṃ sammappaññāya disvā tejodhātuyā nibbindati, tejodhātuyā cittaṃ virājeti.

Katamā cāvuso, tejodhātu? Tejodhātu siyā ajjhattikā, siyā bāhirā

tejodhātu?:tejo 「火」(teja, nom.)+ dhātu →

友よ、何が火の要素でしょうか?火の要素は内側のものであり得ます、外側のものであり得ます。

Katamā cāvuso, ajjhattikā tejodhātu? Yaṃ ajjhattaṃ paccattaṃ tejotejogataṃ upādinnaṃ, seyyathidaṃ—yena ca santappati, yena ca jīrīyati, yenaca pariḍayhati, yena ca asitapītakhāyitasāyitaṃ sammā pariṇāmaṃgacchati, yaṃ vā panaññampi kiñci ajjhattaṃ paccattaṃ tejo tejogataṃupādinnaṃ—ayaṃ vuccatāvuso, ajjhattikā tejodhātu

tejo:tejo 「火」(teja n. nom.) →
tejogataṃ:tejogata 「火の様子・火の状態」(a.)→
yena: adv. because of; where.→
santappati: saṃ+ tap + ya to be heated; grieves; sorrowes.(saṃtapのpass.)「熱せられる」 →
jīrīyati:jīrīyati (jīrayati?)「老いる・消化される」 →
pariḍayhati: pari + dah + ya is burnt or scorched.(pariḍahati「焼く」のpass)「焼かれる」→
asitapītakhāyitasāyitaṃ:asita (n.)「食べ物」+ pīta 「飲み物」(n. a.)+ khāyita (= khādita)「食べられる」(a.) sāyita(sāyatiの pp.)「味あわれる」(a.) →
sammā:sammā →
pariṇāmaṃ:pariṇāma (m. sg. acc.)「変化・消化」 →
gacchati: gam + a goes; moves; walks.→

友よ、何が内側の火の要素でしょうか?内側にあり、各々にあり、水、水の状態のもの、執着されたところものです、それはこのようにです — yena caそれによって熱せられるもの、またそれによって熟成されるもの、それによって焼かれるもの、それによって食べ物・飲み物・食べられる・味あわれるものが完全に消化されるものであり、火、火の状態のもの、執着されたところものです —友よ、これが、内の火の要素と言われます。

Yā ceva kho pana ajjhattikā tejodhātu yā ca bāhirā tejodhātu,

tejodhāturevesā:tejodhātu +(r)eva + esā(etad「それ」f. nom.) →「火の要素こそがそれです。」

また内側の火の要素であるところのもの、外側の火の要素であるところのもの、それこそが火の要素です。

‘Taṃ netaṃ mama, nesohamasmi, na meso attā’ti evametaṃ yathābhūtaṃsammappaññāya daṭṭhabbaṃ

「それは私のものではありません、これが私ではありません、これが私の自我ではありません」と、このようにこれを如実に正しい智慧でもって見られるべきです。

Evametaṃ yathābhūtaṃ sammappaññāya disvā tejodhātuyā nibbindati, cittaṃ virājeti

tejodhātuyā:tejodhātu (f. abl.) →「火の要素から」

このように、これを如実に正しい智慧によって見て、火の要素から厭離します、火の要素から心を離貪させます。


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初出: Sun February 28 2010 16:37 (+0900)


パーリ語はe-Tipiṭaka Quotation (World Tipiṭaka Edition 2005)のパーリ経典を元にしています