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[マッジマ・ニカーヤ][象跡喩大経]

2009-12-12

目次


日本語訳

1063友よ、何が水の要素でしょうか?水の要素は内側のものであり得ます、外側のものであり得ます。友よ、何が内側の水の要素でしょうか?内側にあり、各々にあり、水、水の状態のもの、執着されたところものです、それはこのようにです —胆汁、痰(たん)、膿(うみ)、血、汗、脂肪、涙、あぶら、唾、鼻汁、関節滑液、小便,各々にあり、水、水の状態のもの、執着されたところものです —友よ、これが、内の水の要素と言われます。また内側の水の要素であるところのもの、外側の水の要素であるところのもの、それこそが水の要素です。「それは私のものではありません、これが私ではありません、これが私の自我ではありません」と、このようにこれを如実に正しい智慧でもって見られるべきです。このように、これを如実に正しい智慧によって見て、水の要素から厭離します、水の要素から心を離貪させます。

パーリ語

(10/21)

303.

1063 Katamā cāvuso, āpodhātu? Āpodhātu siyā ajjhattikā, siyā bāhirā. Katamā cāvuso, ajjhattikā āpodhātu? Yaṃ ajjhattaṃ paccattaṃāpo āpogataṃ upādinnaṃ, seyyathidaṃ—pittaṃ semhaṃ pubbo lohitaṃ sedo medo assu vasā kheḷo siṅghāṇikā lasikā muttaṃ, yaṃ vā panaññampi kiñci ajjhattaṃ paccattaṃ āpo āpogataṃ upādinnaṃ—ayaṃ vuccatāvuso, ajjhattikā āpodhātu. Yā ceva kho pana ajjhattikā āpodhātu yā ca bāhirā āpodhātu, ‘Taṃ netaṃ mama, nesohamasmi, na meso attā’ti evametaṃ yathābhūtaṃ sammappaññāya daṭṭhabbaṃ. Evametaṃ yathābhūtaṃ sammappaññāya disvā āpodhātuyā nibbindati, cittaṃ virājeti.

Katamā cāvuso, āpodhātu? Āpodhātu siyā ajjhattikā, siyā bāhirā

āpodhātu?:āpo 「水」(n.)+ dhātu 「要素」(f. nom.)→「水の要素」

友よ、何が水の要素でしょうか?水の要素は内側のものであり得ます、外側のものであり得ます。

Katamā cāvuso, ajjhattikā āpodhātu? Yaṃ ajjhattaṃ paccattaṃ āpoāpogataṃ upādinnaṃ, seyyathidaṃ— pittaṃ semhaṃ pubbo lohitaṃ sedomedo assu vasā kheḷo siṅghāṇikā lasikā muttaṃ, yaṃ vāpanaññampi kiñci ajjhattaṃ paccattaṃ āpo āpogataṃupādinnaṃ— ayaṃ vuccatāvuso, ajjhattikā āpodhātu

āpo:āpo 「水」(n.) →
āpogataṃ:āpogata 「水の様子・水の状態」(a.) →
pittaṃ:pitta 「胆汁」(n.) →
semhaṃ:semha 「痰(たん)」(n.) →
pubbo:pubba 「膿(うみ)」(m. nom.) →「膿が」
lohitaṃ:lohita 「血」(n.の。)) →「血が」
sedo:seda 「汗」(m. nom.) →「汗が」
medo:meda 「脂肪」(m. nom.) →「脂肪が」
assu: nt. tears.「涙」(nom.)→
vasā:vasā「あぶら・膏」(f.) →
kheḷo:kheḷa 「唾」(m. nom.) →「唾が」
siṅghāṇikā:「鼻汁」(f.)→
lasikā:「関節滑液」(f.)→
muttaṃ:mutta 「小便」(n.) →

友よ、何が内側の水の要素でしょうか?内側にあり、各々にあり、水、水の状態のもの、執着されたところものです、それはこのようにです —胆汁、痰(たん)、膿(うみ)、血、汗、脂肪、涙、あぶら、唾、鼻汁、関節滑液、小便,にあり、水、水の状態のもの、執着されたところものです —友よ、これが、内の水の要素と言われます。

Yā ceva kho pana ajjhattikā āpodhātu yā ca bāhirā āpodhātu, āpodhāturevesā

āpodhāturevesā:āpodhātu +(r)eva + esā(etad「それ」f. nom.) →「水の要素こそがそれです。」

また内側の水の要素であるところのもの、外側の水の要素であるところのもの、それこそが水の要素です。

‘Taṃ netaṃ mama, nesohamasmi, na meso attā’ti evametaṃ yathābhūtaṃ sammappaññāya daṭṭhabbaṃ

「それは私のものではありません、これが私ではありません、これが私の自我ではありません」と、このようにこれを如実に正しい智慧でもって見られるべきです。

Evametaṃ yathābhūtaṃ sammappaññāya disvā āpodhātuyā nibbindati, āpodhātuyā cittaṃ virājeti

āpodhātuyā:āpodhātu (f. abl.) →「水の要素から」

このように、これを如実に正しい智慧によって見て、水の要素から厭離します、水の要素から心を離貪させます。


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初出: Sat December 12 2009 23:08 (+0900)


パーリ語はe-Tipiṭaka Quotation (World Tipiṭaka Edition 2005)のパーリ経典を元にしています