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サーリプッタ尊者の生涯 (4)

[サーリプッタ尊者][Access To Insight]

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アングッタラ・ニカーヤ 3-131

[アングッタラ・ニカーヤ]

3.3.8 Dutiyānuruddhasutta

目次

日本語訳

さて、アヌルッダ尊者は、サーリプッタ尊者のところにお近付きなりました;近付いて、サーリプッタ尊者と共に挨拶をなさいました。喜ばしく記憶に残る会話をお交わしになって、片側にお座りになられました。片側にお座りになったアヌルッダ尊者は、実に、サーリプッタ尊者にこのように言われました;「友サーリプッタよ、ここに私は、清浄で常人を超えた天眼によって、世間を千倍眺めます。また実に、私の励んでいる精進は揺ぎないものです、ぴったりと確立した気づきは保ち続いています、身体の落ち着きは冷静です、定を得た心は一点にあります。実にまた、私は漏において執着が無くなっておらず心が解脱していません」と。

「友アヌルッダよ、実に、あなたのこのような(このようにある)ところもの、『私は清浄で常人を超えた天眼によって、世間を千倍観察します』とは、これはあなたの慢においてです。友アヌルッダよ、またあなたのこのようなところもの、『また実に、私の励んでいる精進は揺ぎないものです、ぴったりと確立した気づきは保ち続いています、身体の落ち着きは冷静です、定を得た心は一点にあります』とは、これはあなたの掉挙においてです。友アヌルッダよ、またあなたのこのようなところもの、『実にまた、私は漏において執着が無くなっておらず心が解脱していません』とは、これはあなたの後悔においてです。実にアヌルッダ尊者がこれら三つの性質を捨てて、これら三つの性質にとらわれないで、涅槃の要素に心を集中するならば良いことです」と。

実にアヌルッダ尊者は(その)後の時に、これら三つの性質を捨てて、これら三つの性質にとらわれないで、涅槃の要素に心を集中なさいました。アヌルッダ尊者は独り離れて不放逸に努め熱心に自ら励んで住している時、久しからず、—良家の男子が完全に家を捨て出家し、その最高の目的のための—梵行の完成を自ら証智して、自ら経験して、到達して住されました。「生は尽きました、梵行は完成しました、なすべきことはなされました、この後にこの(輪廻)の状態になることはありません」と完全にお知りになりました。そして、アヌルッダ尊者もまた阿羅漢の一人になられました、と。


22x22(2649bytes)上記の日本語訳については著作権は放棄します。御自由にお使い下さい(編集・改変・ソフトウェアに組込むなど)。ただし日本語訳についての質・内容は保証しませんし、この訳をご利用になる上で生じるいかなる不都合に対して、上の日本語訳の作者は責任を負いません。

訳が拙い・不適切なところがあるかも知れません。御指摘あれば幸いです。

初出:


パーリ語はe-Tipiṭaka Quotation (World Tipiṭaka Edition 2005)のパーリ経典を元にしています。

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アングッタラ・ニカーヤ 3-131

[アングッタラ・ニカーヤ]

3.3.8 Dutiyānuruddhasutta

目次

パーリ語(01)

Dutiyānuruddhasutta
dutiyānuruddhasutta:dutiya 「第二」+ anuruddha + sutta →

第二(の)アヌルッダ経

1001
Atha kho āyasmā anuruddho yenāyasmā sāriputto tenupasaṅkami; upasaṅkamitvāāyasmatā sāriputtena saddhiṃ sammodi. Sammodanīyaṃ kathaṃ sāraṇīyaṃ vītisāretvā ekamantaṃ nisīdi. Ekamantaṃ nisinno kho āyasmā anuruddho āyasmantaṃ sāriputtaṃ etadavoca—“idhāhaṃ,āvuso sāriputta, dibbena cakkhunā visuddhena atikkantamānusakena sahassaṃ lokaṃ olokemi.Āraddhaṃ kho pana me vīriyaṃ asallīnaṃ, upaṭṭhitā sati asammuṭṭhā, passaddho kāyo asāraddho, samāhitaṃ cittaṃ ekaggaṃ. Atha ca pana me nānupādāya āsavehi cittaṃ vimuccatī”ti.

Atha kho āyasmā anuruddho yenāyasmā sāriputto tenupasaṅkami; upasaṅkamitvāāyasmatā sāriputtena saddhiṃ sammodi
atha: ind. then; and also.→
kho: ind. indeed; really; surely;(an enclicticparticle of affirmative and emphasis).→
āyasmā:āyasmant 「尊者」(nom.)→
anuruddho:anuruddha 「アヌルッダ(尊者)」(nom.)→「アヌルッダ尊者は」
yenāyasmā:yena (+… tena 「〜のところに」+ āyasmā→
sāriputto:sāriputto →
tenupasaṅkami;:tena + upasaṅkamati (aor.)→「近付いた」
upasaṅkamitvā: abs. of upasaṅkamati having approached; drawing near.→「近付いて」
āyasmatā:āyasmat (instr.)→「(尊者によって)」
sāriputtena:sāriputta 「サーリプッタ尊者」(instr.)→「サーリプッタ尊者によって」
saddhiṃ: ind. with; together.→「共に」
sammodi: aor. of sammodati rejoiced; delighted; exchanged friendlygreetings.→「喜んだ、挨拶をした」

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サーリプッタ尊者の生涯 (3)

[サーリプッタ尊者][Access To Insight]

Access to Insight Library にあるNyanaponika Thera による"The Life of Sariputta"を訳してみたものです。

目次
  • 序文
  • 第I部:誕生から阿羅漢になるまで
  • 第II部:智慧の完成
    • 友情
    • 他の人を助ける者
    • (解脱の)獲得
    • 法輪を転ずる者
    • サーリプッタ尊者の親類
    • 害意のない者
  • 第III部:彼岸
    • チュンダ経(Cunda Sutta)
    • ウッカチェーラ経(Ukkacela Sutta)
  • 第IV部:サーリプッタ尊者に関連する経典
  • 第V部:ジャータカにおけるサーリプッタ尊者
  • 付録:サーリプッタ尊者とマハーモッガラーナ尊者の遺骨についての覚書
  • 注釈

第II部:智慧の完成

友情

もしもサーリプッタ尊者が感謝の念をずっと持ち続けることが注目に値するというのであれば、尊者の友人としての面も勝るとも劣りません。マハー・モッガラーナ尊者とは、幼少のころから友人・相方であり、ずっと親密な関係でいて、そしてダンマについて数多くの会話を交わされました。なかでもとりわけ興味深いのは、サーリプッタ尊者の解脱の過程に光をあてたアングッタラニカーヤCatukka-nipata, No. 167にあります。この経典は、ある時マハー・モッガラーナ尊者がサーリプッタ尊者に会い行かれ、こう話しかけれられたと伝えています:

「友、サーリプッタよ、四つの(解脱への)道程があります:

苦行道・遅通達、
苦行道・速通達、
楽行道・遅通達、
楽行道・速通達

「友よ、この四つの行道のうちのどれで、友よ、執着なく漏から心が自由になったのでしょうか」これにサーリプッタ尊者がお答えになりました:「これらの四つの行道のうち、友よ、楽行道・速通達によってです」

この一節の説明は、もし禅定や智慧の前に、心の汚れを無くすことが、困難なく生じるとき、その歩みを楽行道(sukha-paṭipadā)と呼び、その逆は苦行道(dukkha-paṭipadā)と呼びます。心の汚れを無くした後に、智慧のゴール、道の到達が、もしも素早くなされるならば、その通達は「速」と呼ばれます(khippabhiññā)。その逆は「遅」と呼ばれます(dandhābhiññā)。この経典でのサーリプッタ尊者が言及しているのは、尊者が阿羅漢果を得た時のことです。尊者の最初の三つの道果を得る時については、しかしながら上記経典の注釈によれば、「楽行道、遅通達」です。

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最終更新時間: 2015-06-29 12:47