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ダンマパダ第183-185偈 註釈 (3/3)

[ダンマパダ][注釈書]

目次

183,184,185偈註釈:パーリ語(2)

Tattha sabbapāpassāti sabbassa akusalakammassa. Upasampadāti abhinikkhamanato paṭṭhāya yāva arahattamaggā kusalassa uppādanañceva uppāditassa ca bhāvanā. Sacittapariyodapananti pañcahi nīvaraṇehi attano cittassa vodāpanaṃ. Etaṃ buddhāna sāsananti sabbabuddhānaṃ ayamanusiṭṭhi.

Tattha sabbapāpassāti sabbassa akusalakammassa
tattha: adv. there; in that place.→「ここに」
sabbapāpassāti:「sabbapāpassāとは」
sabbassa: sabba 「全て」(sg. dat.)→「全て(の)」
akusalakammassa:akusala 「不善」+ kamma 「行為(sg. dat.)→「不善行為を」

ここにsabbapāpassāとは、全ての不善行為を(という意味です)。

Upasampadāti abhinikkhamanato paṭṭhāya yāva arahattamaggā kusalassa uppādanañceva uppāditassa ca bhāvanā
upasampadāti:「upasampadāとは」
abhinikkhamanato:abhinikkhamana「出家」(sg. abl)→「出家から」
paṭṭhāya: ind. beginning with; henceforth; from the timeof.→「〜から・して以来」
yāva:「〜まで・〜の限り・〜の間は」
arahattamaggā:arahattamagga 「阿羅漢道」(pl. nom.)→
uppādanañceva:uppādanaṃ「なすこと」+ ca 「また」+ eva 「こそ」(?)→
uppāditassa:uppādita(uppādeti「なす」の pp)(gen., dat.)→「なした・つくった」
bhāvanā:bhāvanā「修行」(f. pl. nom.)→

Upasampadāとは、出家した限りは阿羅漢道は、善をなすこととなした(?)修行(という意味です)。

Sacittapariyodapananti pañcahi nīvaraṇehi attano cittassa vodāpanaṃ

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ダンマパダ第183-185偈 註釈 (2/3)

[ダンマパダ][注釈書]

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183,184,185偈註釈

4.Ānandattherapañhavatthu

Ānandattherapañhavatthu
ānandattherapañhavatthu:ānanda 「アーナンダ(尊者)」+ (t)thera 「長老」+pañha 「質問」+vatthu 「事」→

アーナンダ長老の質問の事

Sabbapāpassa akaraṇanti imaṃ dhammadesanaṃ satthā jetavane viharanto ānandattherassa pañhaṃārabbha kathesi.

Sabbapāpassa akaraṇanti imaṃ dhammadesanaṃ satthā jetavane viharanto ānandattherassa pañhaṃārabbha kathesi
sabbapāpassa:sabba 「一切の・全て(の)」+ pāpa 「悪」(dat.) →「一切の悪を」
akaraṇanti:a+ karaṇaṃ「しないこと」+ ti →「しないこと、とは」
imaṃ:imaṃ「これ」(acc.)→「この(〜に)」
dhammadesanaṃ:dhamma 「法」+ desana 「教示」(acc.)→「説法を」
satthā:satthar 「師」(nom.)→「師が」
jetavane:jetavana 「ジェータ林」(loc.)→「ジェータ林において」
viharanto:viharati 「住む」(ppr. nom.)→「お住みになっている時に」
ānandattherassa:ānanda+(t)thera 「長老」(gen.)→「アーナンダ長老の」
pañhaṃ:pañha 「質問」(acc.)→「質問に」
ārabbha: ind. beginning with; referring to; about.→「関して」
kathesi: aor. of katheti said; spoke; related.→「言われた」

「一切の悪を行わないこと」というのは、この説法を、師がジェータ林にお住まいの時に、アーナンダ長老のご質問に関してなさいました。

Thero kira divāṭṭhāne nisinno cintesi –‘‘satthārā sattannaṃ buddhānaṃ mātāpitaroāyuparicchedo bodhi sāvakasannipāto aggasāvakasannipāto aggasāvakaupaṭṭhākoti idaṃ sabbaṃ kathitaṃ, uposatho pana akathito, kiṃ nu kho tesampi ayameva uposatho, añño’’ti? So satthāraṃ upasaṅkamitvā tamatthaṃ pucchi. Yasmā pana tesaṃ buddhānaṃ kālabhedova ahosi, na kathābhedo. Vipassī sammāsambuddho hi sattame sattame saṃvacchare uposathaṃ akāsi. Ekadivasaṃ dinnovādoyeva hissa sattannaṃ saṃvaccharānaṃ alaṃ hoti. Sikhī ceva vessabhū ca chaṭṭhe chaṭṭhe saṃvacchare uposathaṃ kariṃsu, kakusandho koṇāgamano ca saṃvacchare saṃvacchare. Kassapadasabalo chaṭṭhe chaṭṭhe māse uposathaṃ akāsi. Ekadivasaṃ dinnovādo eva hissa channaṃ māsānaṃ alaṃ ahosi. Tasmā satthā tesaṃ imaṃ kālabhedaṃārocetvā‘‘ovādagāthā pana nesaṃ imāyevā’’ti vatvā sabbesaṃ ekameva uposathaṃāvi karonto imā gāthā abhāsi –

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ダンマパダ第183-185偈 註釈 (1/3)

[ダンマパダ][注釈書]

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183,184,185偈註釈

日本語訳

Ānandattherapañhavatthu

アーナンダ長老の質問の事

「一切の悪を行わないこと」というのは、この説法を、師がジェータ林にお住まいの時に、アーナンダ長老のご質問に関してなさいました。

長老は、伝え聞くところでは、日中に座って(こう)お考えになりました–「師によって、7人のブッダ達の母・父が、(それらの)寿命の長さが、(それらの)菩提樹が、(それらの)弟子達が、(それらの)第一の弟子達が、(それらの)第一の援助者達が、これらすべてが説かれています。布薩は、しかし説かれていません。,何が、実に、かのブッダ達とこの布薩の違いでしょうか」と。長老は、師に近付いて、その疑問をお尋ねになりました。

それらのブッダ達には時期の違いはありましたが、しかし、説かれた事の違いはありませんでした。ヴィッパシー正自覚者は、実に七年目毎に布薩をなさいました。一日の説法が実に、七年に十分でした。スィッキー(・ブッダ)もヴェッサブー(・ブッダ)もまた、六年毎に布薩をされ、カクサンド(・ブッダ)、コーナガマナ(・ブッダ)もまた一年毎に(布薩をなさいました)。カッサパ十力(仏)は、六ヶ月毎に布薩をなさいました。一日になさった説法は実に六ヶ月に十分でした。それ故に、師はそれらブッダ達のこの時期の違いを話され、「教示の偈は、しかし、それら(過去のブッダ達)のこれです」と言われ、明瞭に全てが同じ(内容の)布薩であるとしつつ、これらの偈を語られました。

183
Sabbapāpassa akaraṇaṃ,(一切の悪をしないこと、)
kusalassa upasampadā;(善に到達すること、)
Sacittapariyodapanaṃ,(己の心を清めること、)
etaṃ buddhāna sāsanaṃ.(これが諸仏の教え。)

184
Khantī paramaṃ tapo titikkhā,(忍耐・堪忍は最上の修行、)
Nibbānaṃ paramaṃ vadanti buddhā;(涅槃は最高のもの、と諸仏は説き給う。)
Na hi pabbajito parūpaghātī,(他を害する者は出家にあらず、)
Na samaṇo hoti paraṃ viheṭhayanto.(他を困らせる者は沙門にあらず。)

185
Anūpavādo anūpaghāto,(非難しないこと、害さないこと)
Pātimokkhe ca saṃvaro;(戒において、また(自分を)守ること)
Mattaññutā ca bhattasmiṃ,(食べることおいて、また適量を知ること)
Pantañca sayanāsanaṃ;(独り、また臥座すること)
Adhicitte ca āyogo,((増上)心において、また努めること)
Etaṃ buddhāna sāsanaṃ.(これが諸仏の教え。)

ここにsabbapāpassāとは、全ての不善行為を(という意味です)。 Upasampadāとは、出家した限りは阿羅漢道は、善をなすこととなした(?)修行(という意味です)。 sacittapariyodapanaṃとは、五蓋から自己の心を清らかにすることです。 Etaṃ buddhāna sāsananとは、全てのブッダ達のこの教え(という意味です)。

khantī(忍耐)とは、このtitikkhā(堪える)と称するkhantīが、この教えにおいて最高、最上の修行である(という意味です)。 Nibbānaṃ paramaṃ vadanti buddhā(涅槃は最高のものである、と諸仏は説きたもう)とは、ブッダも、独覚も、随覚も、これら三つのブッダ達が最上であると説かれた(という意味です)。 Na hi pabbajito とは、手などによって他を殺している時、傷つけている時、他を害している者は、実に、出家ではない(という意味です)。 na samaṇoとは、言われた方法で、他を困らせしめる者はまた沙門ではない(という意味です)。

anūpavādoとは、非難しないことと、また非難せしめないこと(という意味です)。 anūpaghātoとは、害さないことと、また害させしめないこと(という意味です)。 pātimokkheとは、最勝の戒において(という意味です)。 saṃvaroとは、覆うこと(という意味です)。 mattaññutāとは、mattaññuの状態が分量を知ること(という意味です)。 pantaṃとは遠離した(という意味です)。 adhicitteとは、八等至を察量する増上心において(という意味です)。āyogoとは努力すること(です)。 etaṃ(これが)とは、全てのブッダ(達)の教えである(という意味です)。ここに、anūpavāda(「非難しないこと」)によって言葉の戒が説かれ、 anūpaghāta(「害さないこと」)によって身体の戒が、pātimokkhe ca saṃvaro(「戒律において、また(自分を)守ること」)と戒が説かれ、 anūpaghāta(「害さないこと」)によって身体の戒が、pātimokkhe ca saṃvaro(「戒律において、また(自分を)守ること」)と、これによって戒律を護ること(戒律儀)も、また根を護ること(根律儀)をも、mattaññutā(「適量を知ること」)によって、生活を完全に清浄にすること(「活命清浄」)も、また生活必需品の適量をわきまえること(「資具依止」)をも、pantasenāsana (「独り臥座すること」)によって適切な住まいが、adhicitta(増上心)によって八つの定が(説かれています)。このように、この偈によって三学こそもまた説かれています、と。

説法の終りに、多くが預流果などを得ました、と。

アーナンダ長老の質問の事・第四。

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Dīganikāya (長部経典) 目録

[ディーガ・ニカーヤ][経典]

長部経典のパーリ語タイトルと南伝大蔵経での和文タイトルとの対応、 World Tipiṭaka CSCD へのリンク表です。

Sīlakkhandhavaggapāḷi(World Tipiṭaka , CSCD )

1(1) Brahmajālasutta 梵網経(World Tipiṭaka, CSCD )
2(2)Sāmaññaphalasutta沙門果経(World Tipiṭaka, CSCD )
3(3)Ambaṭṭhasutta阿摩書経(World Tipiṭaka, CSCD )
4(4)Soṇadaṇḍasutta種徳経(World Tipiṭaka, CSCD )
5(5)Kūṭadantasutta究羅檀頭経(World Tipiṭaka, CSCD )
6(6)Mahātrsutta摩訶梨経(World Tipiṭaka, CSCD )
7(7)Jātryasutta闍梨経(World Tipiṭaka, CSCD )
8(8)Mahāsīhanādasutta迦葉師子吼経(World Tipiṭaka, CSCD )
9(9)Poṭṭhapādasutta布吒婆楼経(World Tipiṭaka, CSCD )
10(10)Subhasutta須婆経(World Tipiṭaka, CSCD )
11(11)Kevaṭṭasutta堅固経(World Tipiṭaka, CSCD )
12(12)Lohiccasutta露遮経(World Tipiṭaka, CSCD )
13(13)Tevijjasutta三明経(World Tipiṭaka, CSCD )

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Courageous Faith — 勇気としての信(仰)

[ニャーナポーニカ長老][Access To Insight]

( Access to Insight Library にあるNyāṇaponika Thera による"Courageous Faith"を訳してみたものです。)

Courageous Faith —勇気としての信(仰)

信仰は、単に物事の存在や信条教義の正しさを信じることだけではなく、その対象の力を確信することをも意味します。宗教的な信仰とは、この上なくありがたいものの力を信じ確信することであり、特に仏教徒の信仰の場合は、八正道の比類無き力を信じ、その浄化と解脱に効果があることを確信することです。

自分のことを「信者」あるいは「信仰のある者」、—私達の場合は「仏教徒」—と称する人の中でも、善の実際の力に対する本当の信仰を持って、個人と社会の生き方を変えてゆき、高めるような人はさらに稀です。善の力強い流れに自らを敢えて任せる人はずっと少なく、多くは、曖昧な「信仰」の類いではあるけれども、自身の中の悪の力と、世界が強いことを密かに信じています—抗うには強すぎるのだ、と。この世の多くの政治家は同じように信じているように思われます。特に自分のことを「現実主義者」と称する時、悪だけが「現実」である、と明らかにほのめかしているのです。その偉大な力に服従するのが必要なのだと考えているのです。そういうことの是非を吟味しようとしないのであれば、彼らが大したことを達成できなくても不思議ではありません。

確かに、悪と愚かさの偉大なる力を目の当たりにする時、この種の善に対する信仰にはある勇気が必要です。けれども、勇気なしではいかなる進歩も不可能です。進歩とは、満足のいかない個人と社会の現状が生来持っている惰性を克服することなのです。物事と心が持つ生来の惰性と今のままでいたいという抵抗を打破するには疑いなく勇気が要ります。しかし、まさに、この勇気が成功への前提条件なのです。

昔の仏教教理の師達は、勇気が本当の信仰の本質であることを良く理解していました。彼らは、それゆえ、信仰を強く勇気のある英雄に喩えました:荒れ狂う水の流れに飛び込み、岸でおどおどして立ち止まっている人、興奮している人、土手を無駄に行ったり来たりしている人、渡る良い場所について役に立たない議論をしている人々—このような弱い人々を安全に渡らせる英雄です。この喩えは、社会にも個人の内面にも当てはめることができます。社会生活の場合の「弱い人々」とは、指導者に従い支えることを進んで行う人々ですが、けれども自分達では始めることが出来ない人々のことです。個人の内面では、「弱い人々」は精神的な成長に必要な素養が未熟、あるいはそれを補う徳目が伴わない人々のことです。

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「私のライフワーク」の見つけ方 〜スマナサーラ長老法話メモ(2009年03月28日 — ゴータミー精舎)

[スマナサーラ長老][法話メモ]

〜ブッダの「適職診断」相談室〜

目次

(イントロダクション)

問題点(個人編)

  • 自分に適した仕事は何でしょうか?よく分からない
  • 好きな仕事はあるが、就職出来ない
  • 特別な好みはない。何でもやります。しかし雇ってくれない
  • 仕事はあるが面白くない
  • 仕事に問題はないが、人々との性格が合わない
  • 今の仕事では収入が足りない
  • 転職したいが自信がない
  • ストレスが溜まりすぎで病気になりそう
  • 仕事の要求に、期待に対応出来ない(能力は向上しない)
  • 雑事ばかり頼まれている気がする
  • 出来ない・やりにくい・きつい仕事ばかり

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最終更新時間: 2015-06-29 12:47