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名詞に相当する語(実詞)の格: 主格

[パーリ語]

主格・ノミナティヴ(Nom.)

  • 能動文の主語

    動詞の主語の関係(動詞は数と人称が一致する)

    brāhmaṇo passti 「バラモンは見る」

  • 主格の形は、主格である動作主の、いかなる限定語(属性・性質などを表す形容詞など。)に対しても使われる。
    • これには、「〜である(ある)」の意味を持つ動詞による「述語」の場合も含まれる。
    • 注意すると良いのは、一般的な規則としてパーリ語では、修飾語や形容詞と同様に、「述語」は「主語」と同じ格になるということ。
    • 文法的には、「叙述的表現」(つまり「述語」)と「連結」(目的語と名詞)を区別することが出来る。
  • パーリ語では、この手の文型(文体)では動詞がない場合がある
  • 普通は、修飾語は動作主(主語)の次に来る
    • これは形容詞の位置とは対照的。普通、形容詞はかかる名詞の前に来る(一つの名詞にいくつかの形容詞がかかる時を除く)。
    • 動詞がある場合:

      brāhmaṇo mahāmatto hoti.「バラモンは大臣です」。

    • 動詞がない場合:

      eso samaṇo 「これが沙門である」。

    • 「〜である(〜がある)」を意味する動詞のこの(変わった)特徴は、他の全ての動詞とは区別して、しっかりと憶えおこう
    • 動作を表す動詞も同時にある場合は、修飾語は(「〜である」という動詞はなくても)やはり動作主にかかる:

      brāhmaṇo mahāmatto passati「大臣であるバラモンは見る」。

  • パーリ語では、同じものを参照している複数の単語の格、数、性、人称を可能な限り揃える(例外:関係代名詞の格)。
  • 主格(ノミナティブ)は、動詞と直接に関連する別の格の位置に、その動作に関連する特定の不変語と一緒に使われます(ヨーロッパ式の慣習では、「支配される」と言う)。

    yena gāmo ... upasaṃkamati「彼は...村の方へ近づく」。

  • 主格(ノミナティブ)の形は単語を引き合い(引用)に出す時にも用いられる(単純に単語そのものを参照する場合も)(インドの辞書や文法では、語幹の形ではなく、単語を参照するのは主格の形で行うのと、この慣習は一致している。)

    kāyo ti「『身体』と」

  • 主格は同格(並置)で用いられる:

    malliko kosalarājā「マッリカ、コーサラ国王は」

  • 本のタイトルなどでは独立的に用いられる:すなわち、主格として適切な語尾をとらない

    māhajānakajātaka 「マーハジャーナカの前生の物語」

参考文献

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アングッタラ・ニカーヤ 3-108

[アングッタラ・ニカーヤ]

目次

3-108

パーリ語

‘‘Ruṇṇamidaṃ, bhikkhave, ariyassa vinaye yadidaṃ gītaṃ. Ummattakamidaṃ, bhikkhave, ariyassa vinaye yadidaṃ naccaṃ. Komārakamidaṃ, bhikkhave, ariyassa vinaye yadidaṃ ativelaṃ dantavidaṃsakahasitaṃ. Tasmātiha, bhikkhave, setughāto gīte, setughāto nacce, alaṃ vo dhammappamoditānaṃ sataṃ sitaṃ sitamattāyā’’ti.

ruṇṇamidaṃ: ruṇṇam 「泣いている」+ idaṃ
bhikkhave:呼格「比丘達よ」
ariyassa:「聖なる」(属格)
vinaye: vanayaの処格「律・教えにおいて」
yadidaṃ: yadi 「もし」+ idaṃ
gītaṃ.: gīta (n.n)の主格「歌は」
ummattakamidaṃ: ummattakam 「狂っている」+ idaṃ
naccaṃ.: nacca(n.n.)の主格「踊りは」
komārakamidaṃ: komārakam 「幼い」+ idaṃ
ativelaṃ: ativela 「過度に」
dantavidaṃsakahasitaṃ: danta 「歯」+ vidaṃsaka 「見せた」+ hasitaṃ(hasita(n.n.)の主格)「笑いは」
Tasmātiha,:
setughāto:setu 「橋」+ ghāta (主格)「破壊は」(悪習の打破)
gīte,:
nacce,:
alaṃ:十分に、満足して
vo:実に
dhammappamoditānaṃ: dhamma 「真理(を知る)」+ (p)pamoditānaṃ(与格)「喜び」
sataṃ:気づきのある(?)
sitaṃ:微笑み
sitamattāyā: sita + mattāyā「わずかに」


日本語訳

比丘達よ、聖なる教えにおいては歌は泣いているようなものです。踊りは狂っているようなものです。歯を見せて笑いすぎるのは幼いようなものです。

比丘達よ、笑いの橋を壊しましょう。踊りの橋を壊しましょう。真理を知る喜びによる、気づきのある微笑みでかすかに微笑むだけで十分です。

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ブッダの「ユーモア」活性術 〜「笑い」は苦しみの即効薬〜 スマナサーラ長老月例法話メモ(2008年04月29日)

[スマナサーラ長老][法話メモ]

ajitaさんのメモもぜひ御覧下さい。

目次

(イントロダクション)

  • 「笑い」は、あまり仏教では取り上げないテーマ
  • ブッダはユーモアをお持ちだったのでしょうか
  • バチカンのweb page曰く「仏教はペシミシティック(悲観論者)」「すべては苦である、と言う」
  • でも、実際は一番明るい集団
  • 「生きることは苦しみ」は『ペシミシティック』ではなくて事実です
  • では、人生は楽ですか?実際はそうではない
  • ブッダによれば「人生は苦しみである」ことを否定するのは「無知である」「自分が無知であることを表現している」こと
  • ブッダの時代においては、ブッダはとても人気があった。では、なぜただでさえ難しいことを人々が理解したのか

無駄話と笑い

  • 世間でいうユーモアは、そのほとんどは無駄話
  • 社会の問題、人生の問題をネタにして笑いをとる才能のある人の場合は、一概に無駄話とは言い切れない(楽しく学ぶこと出来る・笑いながらもポイントを押さえることが出来る)
  • 生きる上で役立つ(苦しみを和らげる・問題を解決する)笑いは無駄ではない
  • 無駄話は時間の無駄、能力の無駄:仏教では悪いことと見なす

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ダンマパダ第12偈

[ダンマパダ]

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第12偈

パーリ語

Sārañca sārato ñatvā asārañca asārato

Te sāraṃ adhigacchanti sammāsaṃkappagocarā.

sārañca:sāraṃ(目的格)+ ca 「核心(本質)を」
sārato: sāra + to (副詞をつくる接尾辞)「本質として・本質のように」
ñatvā:jānāti「知る」のgerand→「知って」
asārañca:a + sāraṃ+ ca
asārato:
te: soの主格・複数「彼らは」
sāraṃ:目的格・単数「本質に」
adhigacchanti: adhigacchanti「到達する」
sammāsaṃkappagocarā.: sammā+ saṃkappa 「思惟」+gocara 「行境、範囲」の主格・複数→「正しい考えの範疇にある(人々)は」


日本語訳

本質を本質と知って、本質でないものをを本質でないと知り、

正しい考えの中にいる彼らは、本質に到達します。


参考

Gatha 12


22x22(2649bytes)上記のダンマパダの日本語訳については著作権は放棄します。御自由にお使い下さい(編集・改変・ソフトウェアに組込むなど)。ただし日本語訳についての質・内容は保証しませんし、この訳をご利用になる上で生じるいかなる不都合に対して、上の日本語訳の作者は責任を負いません。

訳が拙い・不適切なところがある思います。御指摘あれば幸いです。

初出: Mon May 19 2008 21:54 (+0900)

修正: Wed May 21 2008 22:04 (+0900)


Dhammapadaのパーリ語は Journal of Buddhist Ethic のユニコード版のパーリ経典を元にしています。

パーリ語の表記に不具合がある場合は、こちらのページを試してみて下さい。

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アングッタラ・ニカーヤ 1-1

[アングッタラ・ニカーヤ]

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1-1

パーリ語

Evaṃ me sutaṃ– ekaṃ samayaṃ bhagavā sāvatthiyaṃ viharati jetavane anāthapiṇḍikassa ārāme. Tatra kho bhagavā bhikkhūāmantesi –‘‘bhikkhavo’’ti.‘‘Bhadante’’ti te bhikkhū bhagavato paccassosuṃ. Bhagavā etadavoca–

evaṃ:このように
me:ahaṃの具格「私によって」
sutaṃ: suの過去分詞「聞かれた」
ekaṃ:eka 「ある」の目的格
samayaṃ: samaya「時」の目的格(時間等の目的格は不変語的)→ ekaṃ samayaṃ「ある時」
bhagavā: bhagavantの主格「世尊は」
sāvatthiyaṃ: sāvatthīサーワッティ(舎衛城:コーサラ国の首都)の処格「サーワッティにおいて」
viharati:「住む」(歴史的現在)→「住んでおられた」
jetavane: Jetavana「祇園」の処格「祇園において」
anāthapiṇḍikassa: anāthapiṇḍika の属格「アナータピンディカ(居士)の」
ārāme:ārāmeの処格「僧園において」
tatra:そのとき
kho:
bhikkhū: bhikkhu の複数・目的格「比丘達に」
āmantesi:āmantetiのアオリスト(単数・三人称)「話しかけた」
‘‘bhikkhavo’’ti.:呼格「比丘達よ」と
‘‘Bhadante’’ti:「世尊よ」と
te: soの複数・主格「彼らは」
bhikkhū:主格「比丘達は」
bhagavato: bagavantの与格「世尊に」
paccassosuṃ.: paṭissuṇāti「答える」のアオリスト「答えた」
etadavoca: etad 「このように」+ avoca (vacのアオリスト)「言われた」

‘‘Nāhaṃ, bhikkhave, aññaṃ ekarūpampi samanupassāmi yaṃ evaṃ purisassa cittaṃ pariyādāya tiṭṭhati yathayidaṃ, bhikkhave, itthirūpaṃ. Itthirūpaṃ, bhikkhave, purisassa cittaṃ pariyādāya tiṭṭhatī’’ti. Paṭhamaṃ.

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最終更新時間: 2015-06-29 12:47